出産内祝い|お返しはつまりは心の贈り物

これまで幾度か「出産内祝い」を頂戴しました。その中で忘れられない内祝いがあります。

それは2年ほど前、友人が40歳ではじめて子供を授かったときのものです。奥さんは38歳でした。男の子です。二人の喜びいかばかりだったか。その気持ち、子供への思いがじゅうぶん伝わってくるすばらしい内祝いでした。

品物は木製の食器セットでした。樫材で作った椀と匙のセットです。木製食器ならではの肌触り、ぬくもり、味わいがいかにもそのお祝いにふさわしいと感じました。

けれど、それにもまして心打たれたのは、添えられていた礼状でした。ふつうは店で用意してある紋切り型の文面をほとんどそのまま送ってくるものです。

こうした儀礼の場合、それが常識のようになっています。その意味では、友人の礼状は「非常識」なものでした。礼状はこどもの名前で、「こどもの語ったことば」という文体で綴られていました。

文面をそのままでなく、あえて私の記憶をたよりに再現してみたいと思います。およそ、こういう内容でした。

「出産のお祝いをいただいてありがとうございました。

ぼくはまだ、生まれたばかりなのでよくはわかりませんが、パパとママが『たくさんの人がおまえの誕生をお祝いしてくださったんだよ。

これはたいへんありがたいことなんだよ。

生まれてきてよかったね、と言ってくださっている。

だからおまえから、みなさんに、お礼を言わなくてはいけない。

意味はまだよくわからないだろうけれど、気持ちはおまえにもわかるだろう?』と言いました。

ぼくはパパとママに言われる前に、みなさんのお気持ちを感じていました。そんなことわかってるよ、と言いたいのですが、まだしゃべれないので言えません。

ちゃんとしゃべれるようになったら、みなさんにぼくから直接お礼をいいます。これはぼくになりかわってパパとママからの、お礼の気持ちです。どうぞお使いください」。

お見事、と拍手したくなりました。つまりは「心」なのだと痛感させられた、出産内祝いでした。